お侍様 小劇場

     “春もうららの?” (お侍 番外編 113)
 


今年の年度末は、月末が週末の土曜というキリのよさ。
学生さんなぞは春休み真っ只中だから、
あんまり実感はないかもだけど、

 「それでも、この日を切りに学年も上がるのでしょう?」

あれ? 4月の1日はまだ前の学年なんでしたっけね?
早生まれの子の最後が確か、1日なんでしたっけかね…と。
お勝手や納戸の扉に下げたカレンダーだけはもう早々と
三月分を剥がしておいでのおっ母様。
学年またぎだから宿題も課題もない長期休暇だというに、
座敷猫でももっと出歩くところ、
やっぱりお家にいるのが一番だと、
何の計画も立てぬまま、おっ母様の傍にいたがる坊っちゃんへ、
どうなんでしょうねと訊いてたり…。

 「……?」

そういうことへは明るくないか、かくりと小首を傾げた次男坊。
金の綿毛も軽やかな、繊細そうな美貌に合わせてか、
家事全般にも詳しくなった。
庭仕事やお買い物へのフォローから、
最近ではお料理やお洗濯の手際も身につけつつあり、

 『味付けの好みが、アタシと同じなんですよね?』

ちょっと甘めの甘辛な味付けのものが大好きなところとか、と。
きれいなおでこをくっつけ合って、
くすすと微笑い合う綺羅々々しい金髪美人のお二人だったが、

  そちらさんの世界では、
  確か学年は上がらないはずなのでは………?(こら)




      ◇◇◇



三月に入ったなんてのは
気のせいだったんじゃあないかと思ったほど、
この春はなかなかの牛歩っぷりを発揮しており。
都心でも吹雪いたり霜が降りたりという、
いつまでもチョー極寒な日々が続くもんだから、
ここ数日のうららかさには、
やっとという安堵をなさった方も多かろう。

 「…勘兵衛様、ちゃんと防寒なさってるんでしょうか。」

表向き勤めておいでの商社からの出張扱いになっているものの、
それと並行してという格好で、
真の務め、倭の鬼神としての何やらも手掛けておいでなのだとか。
駿河の宗家付きの使者がやって来て、
勘兵衛様はお出掛けになりますれば…とだけ伝えられ。
それ以降は、どんな務めか、国内か外国かも、
いつお帰りかも知らされぬそれなのは、
各所への影響力のある事象なればこそと、もはや諦めているけれど。

 「お寒いのだけは、どうにも苦手な方ですからね。」

今朝は数日ぶりに寒さが戻って来た感のある朝となり。
陽が顔をのぞかせてからも、
頬に触れた風がひやりと冷たいまんま。
シャツへと重ねた上着も、
ちょっとしたパーカーだけでは、
肩からぶるると来た体感温度だったものだから。
手入れのいい芝の敷かれた庭先の物干しまで、
シャツだシーツだ、
在宅中の家人の分の洗濯物を手際よく干して来た七郎次が、
おお寒いとリビングまで戻って来ての開口一番、
そんなことを口にしたほど。

 「? 島田が?」
 「ええ。」

こちらは目の前のおっ母様へのケアにと、
暖かいお茶を淹れ、どうぞと供した次男坊。
意外にも気づいてなかったようだけれど、
それはそれで、それもまた無理のない話。

 ―― ともすれば国家権力者クラスの存在が、
    黒幕な場合もザラなのが、俗に言う“黒歴史”であり

膨大な資金を投じ、驚くほど多岐にわたった人脈を繰り出し。
関係者を丸め込むくらいは序の口で、
恐ろしいほどの人海戦術を敷いて徹底的に手を尽くし、
抵抗勢力に属す人々を、
本人の声を封じつつ、戸籍から何から削って回り、
最初から居なかったことにするような。
今も昔も変わりはしない、
そうまで狡猾で恐るべき手際に長けているチームを
密かに抱えていたりするのへと。

 ―― 敢然と立ち向かいの、
    時に単独で敵地へ躍り込むこともあるお人。

よって、その屈強精悍な
…あの年齢であの長髪とか
管理職なのに顎鬚健在とかいう、やや奇矯かも知れぬ風貌は、
決して変装に向いているからとか、
異境の地での応用を利かせるためのそれじゃあなく。
勿論のこと、見栄えだけのはったりでもなく。
正攻法では時間が足らぬし手も足らぬ場合や、
はたまた、関係各位があったことを記録に残すと、
残党からどんな仕返しをされぬとも限らないという場合も考慮して。
関わる手勢は極力絞り込んでの、
結果、現場へ飛び込むのは勘兵衛のみという事案も
決して珍しくはないほどという苛酷さであり。
残念だ遺憾だで済ませて覆って、
無かったことにしてはならぬ凄惨な“真実”を、
長の歳月かけ、人から人へと手渡しし続け、
連綿と綴って来た真の歴史書『御書』に、
揺るぎなき事実として記すため。
それを管理する“絶対証人”という立場、
今やどんな巨大組織へも兢々と認めさせている、
グローバルな地盤にて脅威の存在であり続ける“鬼神”として、
余裕で跳梁を続けておいでの彼なので。
格闘や体術にも長けており、各種武器への知識も豊富。
あのようよう練り上げた、
男でも見ほれるような見事な肢体も伊達な代物じゃあなく。
体力もあって、壮年という年代となった今でも、
砂漠独渡行や高山登攀も余裕でこなせるお人…なのだが。

 『せやねんな。
  常日頃も、務めの間ぁも、
  怖いもんなんかおまへんて納まり返っとぉけど。』

 『寒い土地での務めて判ったときは、
  一瞬 あの顔がぴくぴくて強ばりはるし。』

 『そこがまた、微妙に秘境ていうか、
  あんまり電気とか、来てへんとこやったりした日にゃあ…。』

それ以上 焦らしての説明となると、
聞いていた七郎次が引き付けを起こしかねなかったんで。
いやいや、ちゃんと
機能性のある肌着や靴下で防寒対策は取ってるからと。
大慌てで手回しは万全だと付け足した、
西の御大たちだったのは言うまでもなかったのだけど。

 「……寒がり。」

一瞬でも動きへ支障が出れば、
冗談抜きに それが命取りにだって成りかねないような、
微妙で危険なことを手掛けておいでの御主なだけに。
体の動きが固まりかねぬよな寒い土地での仕事、
敬遠したくなるのも判らないではない。
だが、

 「意外でしょうか?」
 「〜〜〜〜〜。」

弱みや苦手の無い人間なぞ居はしない。
現に自分も、公式な舞台での剣道のみならず、
どんな乱闘や修羅場へ放り込まれても
余裕で畳めるまでの自信も揺るがぬ、
腕に自慢の武人たる自覚はあれど。
猫舌だし 辛いものや酢の物は食べられないし、
この七郎次に何かあったらとても冷静ではいられない。
そんな自分が極端だとは思わぬし、
むしろ、弱みなんて無いという人物がもしも居たとしたならば、
きっと人の痛みも理解出来ない奴に違いない…と。
そんな的確さで
人の“急所”というものを把握している久蔵坊っちゃんであり。
ただ、あの辣腕な宗主様、
大きな組織との駆け引きは言うに及ばず、
危険極まりない実務もいまだ見事に務め上げておいでの
そりゃあ頼もしい勘兵衛なのへ、
弱点なんてものがあるのかななんて
そういえばこれまで一度も考えてみたこともなかったので、

 「寒さ、だけかな。」

ついつい、ぽつりと呟いてしまった久蔵だったのだが。

 「はい?」

ちょうどいい味わいへと上手に淹れていただいたお茶に、
やっとのこと ほっこりと温もったものか。
水色の玻璃珠のような目許や表情豊かな口許を
ほわりと和やかにゆるませたおっ母様が、
何のお話でしょうかと聞き返して来たのへ、

 「〜〜〜〜。////////」

何でもないないと
つい かぶりを振ってしまった次男坊だったのは。
うなじに束ねた金絲の髪も清かな母上の、
ほっこりと優しい微笑みを間近に見てしまい、
今ここにいない恋敵なんぞ どうでもよくなったからに他ならず。
…弱みが自分と一緒だなんて癪ですものねぇ?
(苦笑)







  「  …っ。」
  「おお、どないしました、勘兵衛様。」
  「くさめの出るよな寒さとちゃいますが。」


つきなみながら、どこやらで誰ぞが噂しとるんかも知れませんなと。
今回の相棒である西の双璧に案じられつつ、
アールデコの意匠もそれは豪奢な作りのガラス張りの温室へ、
天窓こじ開け、ワイヤーロープを降ろし、
今しも潜入するところだった倭の鬼神様。
ここもさして暖かくはないのへ閉口しつつ、
帰ったらじっくり温まろうと心に決めて、
それだけを支えに厳格そうな表情をきりりと引き締めると、
激務も頑張る壮年殿だったそうでございます。






   〜Fine〜  12.03.31.


  *三月弥生も終わろうかという頃合いになってやっと、
   様々な春めきが
   こそりとお声を聞かせてくれたような案配ですね。
   寒さに弱いということ、
   きっと勘兵衛様は久蔵殿には明かしてないんですぜ。
   人並み程度の感度だと振る舞っていて、
   寒い晩でも、
   少しほど冷えるな…なんて白々しいこと言ってたりして。
   さあ寝ましょうかと寝室へ下がったら、
   あっと言う間に〜〜〜〜〜(以下省略。)笑

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